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蒼い虚空




 空はただ青かった。見上げても見上げても空は青一色だった。
 気がつくと空を見上げていた。今日もいい天気だ。はっきり言って何もする気にならない。降り注ぐ太陽は木を地面を屋根を自分を公平に照らしている。
「公平じゃないのはそこに住んでる人達、か・・・」
 いつそんなことを知ったのだろう。なんかの本で読んだろうか。まったく覚えがない。
 空は青かった。
 今日に限って海藤は学校に行くための電車とは反対のホームに立っていた。人はほとんどいない。上り線に集中している。
 下りのホームはガラガラだ。10メートルおきに一人二人と立っているだけだ。
「当たり前だよな、こんな田舎から下り方面に行くやつなんて、そうそういないぜ」
海藤は何も入っていないかばんを持ち替えた。教科書やノートは学校に置いてある。ここ何ヶ月か家に持ち帰ったことがない。かばんも持たなくてもいいのだが手持ちぶたさになるのはなんとなく嫌だった。両手のやり場がないのは妙に宙ぶらりんな気持ちになって落ち着かない。持ちにくい皮の学生かばんでも毎日持ち歩いた。
 下りのホームに電車が入ってくるアナウンスが流れる。この路線の終点まで行くらしい。海藤は流れていた電車に乗り込んだ。
 車両には数えるくらいの乗客しかいない。海藤は4人席の一番端に座った。
 電車は走り出す。遠くに山が見える。紅葉は時期ではないのだろうか・山は黒い影にしか見えない。近くには田園。もう刈り取った跡がある。黄金の風をなびかせているところは少なかった。
 しばらくは同じような風景。同じような街並み。見た目はなにも変わらない。
 なにも変わらない。
 海藤を乗せて電車はいくつもの駅を過ぎていく。
 海藤はなにも考えずにいた。自分が何故いつもと反対の電車に乗っているのか。学校は無断欠席だ。連絡もしないで休むのはこれが初めてだった。家に連絡がいってるのかもしれない。親が心配して探しているのかもしれない。
 だが、海藤は不安にもならず、あせりもしなかった。なにも考えたくなかったのだ。これからのことも今の状態のことも。
 山が近くなってきた。影だけではなく山肌がぼんやりと判別できるようになったきた。木々は緑色だ。やはり紅葉には早いらしい。
 山の中腹になってきたのだろうか。少し開けていた窓から入ってくる空気が変わった。少々肌寒い。
 海藤は電車を降りた目的はない。ホームに立って電車が見えなくなるのを見ていた。改札を出る。乗り越し料金を支払い財布におつりを入れた。財布の中身がさみしい。昼飯は食べられるだろうか。
 海藤はそんなことを考えらながら歩いていた。
 駅の周りには何もない。近くには畑、そう遠くないところに山。車窓から見た景色と変わらない。いくつかの角を曲がる。
 すると・・・
 一面の桃色の風景。右を見ても左を見ても前も後ろも桃色の風景。さっきまでの変わり映えのない景色はどこに行ってしまったのか。見渡す限り桃色。
 海藤はあっけにとられた。畑の中に入っていく。
 それはコスモスの花だった。そよ風が吹く。コスモスはどれも同じようになびく。一輪の例外もなく。
 コスモスはただ咲いている。なにも考えない。なにも求めない。自分のためだけに咲いている。誰に見せるためじゃない。海藤に見せるためでもない。
海藤はコスモスを摘み取った。訳もわからず涙が出てくる。止めることをしない涙は頬を伝い、コスモスの上で弾けた。
 なにも考えてなくていいじゃないか。自分の人生だ。誰に見せるためだもない。ましてや誰かのものでもない。自分のものだもの。親のいいなりにならないからなんなのだ。学校のいいなりにならないからどうなるのだ。なにも変わらない。
 自分は変わらない。コスモスがただ咲いているように。
 空はいつまでも青かった。


<終>